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函館家庭裁判所 昭和42年(家)591号 審判

申立人 宮沢万二(仮名)

相手方 宮沢正道(仮名)

主文

相手方が申立人の推定相続人たる地位を廃除する。

理由

申立人の本件申立の要旨は、相手方は申立人の長男であるが、昭和二六年頃から素行が悪く家業の農業を嫌つて家を飛び出し妻子を顧みずに、○○市内を転々とし、この間申立人の印鑑を盗用し、氏名を冒用して金を借りてはこれを浪費し、その結果申立人においてやむなく相手方のために支払つた金額は八〇万円余りに及び、申立人を始めとして親族らの再三にわたる忠告、訓戒等にも耳を藉さず、一向にその生活態度を改めようとしなかつたため、本件申立人の申立により、昭和三二年三月二五日当裁判所において、浪費者として準禁治産宣告を受けるに至つた。しかしその後昭和四〇年頃からは標記自宅に落ち着くようになり、前非を悔いて農業に専心従事し、理由もなく金を借りて廻ることもなかつたので本件申立人の申立により、昭和四〇年七月一五日同家庭裁判所において、上記準禁治産宣告は取り消された。ところが同人はその後間もなく再び家を明けて○○市内等を転々とし、勝手に持ち出した申立人の印鑑および不動産権利証を利用し、申立人名義で、その不動産を担保として方々から合計数十万円におよぶ金を借り、これを浪費するに至つたため、重ねて本件申立人の申立てにより昭和四三年二月五日同家庭裁判所において相手方に対し、準禁治産宣告の審判がなされた。しかし相手方はその後も家庭に落ち着かず、金を借りて浪費している模様であり、このままでは今後更に申立人等の家庭の生計に重大な影響を及ぼすおそれがあり、齢既に七一歳に達した申立人としては、このように世間に恥を晒らし、莫大な債務の後仕末をさせる等著しい虐待、侮辱に等しい非行を重ねる相手方に対しては、遺産相続をさせる意思は毛頭ないので、主文同旨の審判を求めるため本申立に及んだと言うものである。

なお、当裁判所においては当初本件を調停に付し、二回にわたつて期日を指定したが、相手方は昭和四三年一月頃から○○市内の旅館知人宅等を転々としていたため、相手方の呼出しは不能であり、同調停は不成立に終つたので審判手続が進められた。

申立人宮沢万二、参考人宮沢キワの各審問の結果(いずれも二回審問)および当裁判所調査官森田毅作成の本件調査報告書ならびに取り出しにかかる当裁判所昭和三二年(家)第三一〇号準禁治産宣告。昭和四〇年(家)第三四〇号準禁治産宣告の取消および昭和四二年(家)第五八八号準禁治産宣告各事件の一件記録を総合して判断すると、相手方は、申立人とその妻ツネの長男として出生し、爾来申立人ら監護の下に成長し、昭和一七年に妻キワとの結婚後も引続き申立人らと生活を共にして家業である農業に従事していたもので、妻キワとの間には一男三女を儲けたが、昭和二七年頃から農業を嫌つて家を明けることが多く、この間労せずして金を儲けようとして、申立人らの反対を押して藤沢某らと共にアザラシ、オットセイの補獲およびその毛皮の販売を計画し、その資金とするため、ミシン等の販売の仲介を図つたが、金二万三、〇〇〇円で買い受けたミシンを金一万円で売却し、転売をするために買い受けた自転車、時計、指輪等を入質する等、損失を負うのみであつた外、昭和二九年から同三一年までの間村山秀夫外六名から合計二二万九、〇〇〇円を借り受けてこれらをいずれも全く無意味に費消して何等の得るところもなく、それらの債務については、債権者からの再三にわたる請求により、やむなく申立人において、その所有の採草地一町一反を処分してこれを清算する等のことがあつたため、本件申立人から相手方に対する準禁治産宣告の申立がなされ、当裁判所において審理の結果昭和三二年三月二五日相手方に対して準禁治産宣告がなされた。しかし相手方はその後も依然として多額の債務を負担し、その都度申立人において、これを清算するようなことが続いたのであるが、昭和三九年春頃に至り、相手方もその計画した事業は実現の可能性がなく、前記藤沢某らに利用されていたことを覚つて、同人を告訴し、その後は家庭に落ち着いて農業に専念し、その頃相手方の子女らも結婚適令期を迎えたことでもあり、選挙権のないことによる不名誉等も考慮した申立人から、当裁判所に対し、前記宣告取消の申立てがなされ、当裁判所において審理の結果、その原因がやんだものと認められて昭和四〇年七月一五日、前記相手方に対する準禁治産宣告は取り消された。ところが相手方は、その後一年を経ずして再び家業を放擲して足繁く○○市に出て外泊を重ねるようになり、昭和四二年八月頃からは全く帰宅しないようになつた。そしてその後間もない同年一〇月頃、突然申立人方の家具類の差し押えを受けた外、数名の者から申立人に対し、再三にわたつて債務を履行するよう請求されたので申立人において調査したところ、相手方は申立人所有不動産の権利証を全部持ち出しており、昭和四二年四月二〇日にはこれを利用して擅に申立人所有の宅地を担保とし、申立人を連帯債務者として○○市○○○町○○番地浦部安雄から金六〇万円を、又同年四月頃から数回にわたり○○町農業協同組合から申立人名義で合計金四〇万円を、更に同年九月二八日にも擅に申立人を連帯債務者として、○○市○○町○○融資株式会社から金二〇万円を、更に又時期は不明であるが亀田郡○○町字○○草野太一からは、二回にわたり合計金三八万円を、それぞれ借り受けた外、額面二〇万円の約束手形を振出していることが判明した。しかも前記○○融資株式会社に対する債務については、公正証書が作成されているが、これには申立人の印鑑を盗用して作成された印鑑証明書が利用されていた。申立人としては、これらの債務に対し、何等支払いの義務を負うべきものではないが、自己の長男が他人に迷惑をかけたものであり、これが刑事問題となることをおそれ、上記○○融資株式会社に対しては同年一一月六日内金として金一〇万円を支払つて差押えを解除して貰い、残額については昭和四三年四月末まで毎月二万円宛分割して弁済した外、上記草野に対する債務を除くその他の債務合計一二〇万円については、申立人所有の山林二町歩を買却した代金で、昭和四三年四月頃までにこれらを全部弁済したのであるが、以後更にこのような債務の生ずることをおそれ、昭和四二年○○月○○日付○○○新聞朝刊紙上に「お知らせ」と題し、相手方申立人名義の不動産登記権利書および偽造印鑑証明書を利用して金員の借入れおよび不動産の売買行為をしているが、これらの行為は一切申立人と関係がなく、これについて以後申立人は責任を負わない旨の広告を掲載し、併せて、再度当裁判所に相手方に対し浪費を理由とする準禁治産宣告を求める旨申立て、当裁判所において審理の結果、昭和四三年二月五日相手方に対し、再び準禁治産宣告がなされた。

ところが相手方は、その後である同年八月にも、その妻キワの名義を冒用し、同女名義の印鑑証明書を作成した上同女を連帯保証人として、亀田郡○○町字○○□□□番地大山茂から金七〇万円を借り受け、公正証書を作成している外、更に数口の債務を負担している。そしてこのようにして借り受けた金員は相手方がかねてから計画している○○式医療用酸素吸入器の販売事業の準備資金として、主観的にはその実現に懸命の努力をしているつもりのようではあるが、客観的に見ると、交通費、謝礼金等といつた後に残らない出費を徒らに重ねるのみで、その使途の詳細は相手方自身も殆んど記憶していない状況であり、活動開始後既に一年を経過した現在においても、上記計画が近い将来に実現する見通しはない。

このような次第で申立人としては、昭和二七年頃以後十数年の間は、相手方の債務の後仕末に追われており、この間その支払にあてるため、申立人所有不動産のうち、前記のとおり採草地一町一反、田五反(昭和四〇年頃)、前記山林二町を処分した外、預貯金約六〇万円もその支払いにあてたため、現在申立人所有の財産としては、水田三町、畑四反と、申立人ら現住家屋およびその敷地約七五〇坪を残すのみである。そして申立人ら夫婦ならびに相手方の妻、長男、四女らの五名は、上記水田および畑の耕作から得られる年間約一八〇万円の収入で生計を維持しているのであるが、申立人は既に老齢のため相手方の妻および長男の両名のみが耕作に従事しているところから、人手が不足し、人を雇う外ないので収穫は不良な上、経費がかさみ、その生活は楽ではない。しかもその上、その収入のうち可成りの部分が相手方の債務の支払いにあてられるのみならず、現在残つているこれらの水田、畑すら、今後失うおそれがないではないため、相手方の妻および長男らも将来の希望を失い、殊にその長男は度重なる父親の不当な行状に愛想をつかし、昭和四三年八月初め頃、家族に無断で家出をし、○○でコックとして稼働していたこともあつた。申立人としては相手方が一人息子であることもあつて、これまでの間、何時かは同人が立ち直つてくれることを期待して来たのであるが、その家庭環境に特に問題があるわけでもないのに、再三にわたつて申立人らを始め子供らからも忠告、訓戒を受けたにも拘らず、相手方は依然としてその生活態度を改めようとしない現在においては、相手方に遺産を相続させることは、家庭を破壊し、生計を危くすることであるとして、同人に遺産を相続させる意思は全くなく、相手方の妻および子らも現在では、これを望んでいる。又相手方自身にしても、これをやむを得ないとしている。(相手方の当裁判所調査官に対する供述)等の諸事実が認められる。

これらの事実に照らすと、相手方に推定相続人廃除の法定事由の一つである著しい非行があつたものと認めるのが相当であるので本件申立を認容し主文のとおり審判する。

(家事審判官 近藤道夫)

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